人間万事塞翁が馬の意味と使い方|退職・転職・人生の転機に迷ったとき思い出してほしい言葉

FIRE

人生には、「やってしまった」と思う瞬間がある。

試験に落ちた。昇進できなかった。転職を決めたけど不安でたまらない。会社を辞めようとしているけど、本当にこれでよかったのか。

そういうとき、私がいつも心の中で思い出す言葉がある。

人間万事塞翁が馬(にんげんばんじさいおうがうま)」

大げさでなく、この言葉に何度も助けてもらった。今日は、この言葉の意味と、私自身の体験を交えてお伝えしたいと思う。

【目次】

  1. 「人間万事塞翁が馬」の意味と由来
  2. 体験談①:大学受験に落ちた日のこと
  3. 体験談②:子会社出向という「左遷」のこと
  4. そして今、また転機の中にいる
  5. 今つらい人へ——絶対に、いい日が来る

「人間万事塞翁が馬」の意味と由来

まず、言葉の意味から説明させてほしい。

📌 人間万事塞翁が馬(にんげんばんじさいおうがうま)

人生における幸福と不幸は予測できるものではなく、一見「不運」に見えることが後から「幸運」になることもあれば、その逆もある——という意味のことわざ。
「何事も一喜一憂せず、長い目で見ることが大切」という教えを含んでいる。

この言葉には、古代中国の物語が由来になっている。

ある国境のそばに住む老人(塞翁)の馬が逃げてしまった。近所の人たちが「それは大変でしたね」と慰めに来ると、老人は「これが幸運になるかもしれない」と答えた。

しばらくして、逃げた馬が野生の馬の群れを連れて戻ってきた。今度は「それはよかった!」と祝いに来ると、老人は「これが不運になるかもしれない」と言った。

やがて、老人の息子がその野生の馬に乗って落馬し、足の骨を折ってしまった。「大変だ」と慰めに来ると、またも老人は「これが幸運になるかもしれない」と。

その後、戦争が起きて村の若者たちは戦場へ送り込まれ、多くが命を落とした。しかし、足を骨折していた息子は兵役を免れ、無事だった——。

幸運と不運は、表裏一体だ。今見えている結果だけが、すべてではない。

体験談①:大学受験に落ちた日のこと

この言葉が、本当に自分のものになったのは、大学受験の結果を知ったときだった。

第一志望の大学に、落ちた。

あの日の感覚は今でも覚えている。「人生が終わった」という言葉が、比喩ではなく本当にそう感じられた。高校3年間、あの大学のために勉強してきた。それが崩れた瞬間、自分の未来が全部なくなってしまったような気がした。

結果として、第二志望の東京にある大学に進学することになった。

でも——今、振り返ってみると、あの「落ちた」という出来事がなければ、今の自分は存在していない。

東京に出たからこそ経験できたことがあった。地方では出会えなかった人たちと友人になれた。エリートばかりではない、個性的で楽しい仲間たちに囲まれた。大学では成績上位を取ることもできた。第一志望の大学に行っていたら、おそらく経験できなかった多くのことを、東京で積み上げられた。

あのとき「落ちた」ことが、今の自分を作ってくれた。今ではそう、迷いなく思える。

体験談②:子会社出向という「左遷」のこと

社会人になってからも、似たような経験をした。

ある時、社内で子会社への出向が決まった。本筋から外れた、と感じた。同期は本社でキャリアを積んでいるのに、自分は傍流へ——「もう上はないかもしれない」と思った。

でも、その後の展開は予想と全く違った。

子会社でのポジションが評価され、同期に比べて早く課長へ昇進することができた。その実績が認められ、憧れていた海外出張の機会をもらえた。そして最終的には、海外赴任まで経験することができた。

出向を言われたあの日、自分は「不運だ」と思った。でも結果として、あの出向がなければ、今の自分のキャリアはなかった。

「塞翁が馬」を、身をもって体験した出来事だった。

そして今、また転機の中にいる

今、私はまた転機の真っ只中にいる。

海外赴任から帰国したが、帰任後のポジションはグレードダウンだった。職場では、パワハラに近い環境に置かれている。客観的に見れば、「またつらい状況」だ。

でも——正直に言うと、どこかで感じていることがある。

「これも、きっと何かのための吉兆だ」と。

大学受験のとき、出向のとき、そう思えなくても後から振り返れば全部つながっていた。今回もきっとそうだ、と信じている。退職という選択を目の前にして、その先にある植物と向き合う仕事への思いが、日々確かになってきている。この状況が、自分の背中を押してくれているのかもしれない。

塞翁のように「これが吉になるかもしれない」と、静かに受け止めている。

今つらい人へ——絶対に、いい日が来る

ここまで読んでくれた方の中には、今まさに何かつらい選択の真っ只中にいる人もいるかもしれない。

転職しようか迷っている。会社を辞めるべきか悩んでいる。望まない異動を言われた。試験に落ちた。誰かに裏切られた。思い描いていた未来と、今いる場所がずれてしまっている——。

「選択を間違ったかな」と後悔することは、誰でもある。

でも、振り返ってみたとき、「あの選択は間違いじゃなかった」と思える日が必ず来る。私はそれを、自分の人生で何度も経験してきた。

どんなにつらいことがあっても、きっといいことが待っている。
その選択が正しかったと思える日が、絶対に、絶対に来る。

だから心折れず、前向きに、次のステップを踏み出してほしい。

「人間万事塞翁が馬」——この言葉を、今日ここで知ってくれた方の心の片隅に置いてもらえたら、うれしい。苦しいときにふと思い出してもらえたら、もっとうれしい。

人生は、今この瞬間だけで評価するには、まだ早い。

📌 あわせて読みたい

あなたの「塞翁が馬」体験はありますか? 「あのとき辛かったけど、今思えばよかった」という出来事があれば、ぜひコメントで教えてください。きっと読んでいる誰かの支えになります。

※本記事は個人の体験・考え方をもとに執筆しています。

プロフィール
この記事を書いた人
さいかすたろう

さいかすたろう|45歳からの自由研究

20年以上会社員として働きながら、不動産投資と資産形成を続けてきました。現在は総資産3億円。退職後の自由な暮らしを目指して挑戦中です。同じ悩みを持つ方の参考になる情報を発信しています。

さいかすたろうをフォローする
FIRE不動産
さいかすたろうをフォローする

コメント

タイトルとURLをコピーしました